ひねくれ社長のたわ言

ひねくれ社長のたわ言

会長 竹内 修

私は信じる「真面目すぎる者、不真面目者の如し」 私は信じる「賢すぎる者、馬鹿者の如し」 私は信じる「素直すぎる者、ひねくれ者の如し」

連載エッセイ <その04> 

「挑戦」について考える

世の中「挑戦」、「挑戦」、「挑戦」……で溢れている。 
そして、経営者も盛んに「挑戦」という言葉を使う。 
だが、その言葉のもつ意味を、少し考えてみたい。 
私が感じる矛盾の一つに、経営者は「挑戦しろ」と言いながら、一方では「成果」で評価すると言っていることである。 
「挑戦」は努力し、充分注意すれば失敗しないというものでもないと思う。 
危険の評価も充分出来ず、腐った橋を走り抜けねばならないこともある。 
「挑戦」は、いくつもの計算問題を一つ残らず、正しく答えていくと、完成出来るというような地道な積み上げのみで、出来るものでもない。 
いかに努力し、注意しようとも、時があり、運がある。 
従って、「挑戦」は必ず失敗の危険性があることを覚悟せねばならない。 
そして成果で評価するなら、失敗した者は評価を下げねばならない。 
「挑戦しろ、成功すれば成果を評価する」。 
これは経営者にとって極めて都合のいい話ではあるが、従業員にはきっと 
「挑戦しろ、だけど失敗すれば評価を下げる」 
と聞こえるに違いない。 
経営者は失敗しないように最大の努力をはらってくれるものと期待している。でも、従業員は失敗したくないために挑戦しない。 
こう考えると、多くの経営者は「いいとこ取り」をしようとしているように、見える。これを避けるためには、 
「挑戦しろ、成果では評価しない」 
という宣言の必要がある。 
しかし、ただ宣言するだけで、経営者の言うことを信用するほど従業員はうぶではない……もっとしたたかである。 
信用してもらうためには数年の信頼関係をつくらねばならない。だが挑戦した挙げ句、失敗してしまったプロジェクトのメンバーに対しては、 残念さ、無念さが、憤りとなり、メンバーを冷遇してしまうのが人の弱さである。 
ここでは、その弱さを押さえる根性が必要となる。 
これにより「挑戦してみよう!」という素地が作られるのだ。 
 最近「挑戦」への動機付けのために、ストック・オプションが盛んに言われている。 
しかし、これについてはいささか疑問を持っている。 
プロジェクトが失敗すれば特に問題はない。 
ストック・オプションとは、近い将来の成功の報酬を未来永劫に支払い続けるということである。 
 ふと、ストック・オプションの元祖は、織田信長ではないかと思う。光秀に、未だ自分の領地になっていない 
「但馬の国の領主にしてやる」 
と約束したようなもの。これを続けていくと、秀吉が朝鮮出兵で犯した愚と同じになるのではないか。 
 将来は、現在の挑戦者も年と共に衰えていく。その時、何も役立っていないにも関わらず、過去に功績があったという事だけで高い所得を保証するということは、 若い人の不満となるだろう。そしてそれは、組織の老化につながる。 
それはあたかも団塊の世代が、若いときに「今は給料が安いが、将来高い給料が約束されているから辛抱しろ」と言われて働かされてきた、年功序列の変形と見えなくもない。 
人間は本来、その時その時を生きるものだ! 
過去の栄光にしがみつく生き物ではない! 
今は、ストック・オプションの考え方は素晴らしいかしれない。 
でも、これは将来に禍根を残す考え方ではないか。 
根本的問題は、「物欲」によってしか動機付けられない「挑戦」なら、たいしたものではないと思う。 
 私は、「挑戦」に対する根元的な衝動を、マウンテンマンと呼ばれた人々に見ている。 
私がマウンテンマンに興味を持ったのは、10数年前のことである。 
 林の中に私のラジコン飛行機が墜落してしまった。この捜索のため一日中、林の中をさまよい歩いた。その時、道のないところを歩くということはなんと困難なことかと、感じた。 そして、アメリカ西部開拓史に思いを馳せた。西部開拓史といっても、西部劇に出てくる幌馬車の時代ではなく、幌馬車の道のもととなった踏み跡を作った人々のことである。 
 当時、ヨーロッパではビーバーの毛皮が流行していた。 
そのビーバーの大量捕獲を夢見て、アメリカ大陸を西へ西へと進んで行った人々のことをマウンテンマンという。 
文字どおり、前人未踏の地に、夢を託し、未知なる恐れ、死に直面する恐怖、そして孤独に耐え、道を切り拓いていった。私はそんな多くのマウンテンマンの中で、 最も良く知られているジェッタ・スミスの行動を思い起こすとき、今も胸がときめく。 
 彼はまず、現代も使われているロッキー越えの道、オレゴントレールの、サウスパスの発見者としても知られている。このサウスパスはルート28号線として現在も使われている。 
 数年前、私はこのサウスパスをドライブした。 
いまはハイウエイであるが、幌馬車の時代に、この地西部への夢を実現することなく、行き倒れとなった人々の墓標が、ヒストリカルプレイスとして、今もあちこちに立ち並んでいる。 現在はハイウエイとなり、ドライブする限り、当時の難所の面影はあまり感じられないが、初めてこの地を通った人々の困難は、どれほどのものであったろうか。 
 ジェッタ・スミスは、インディペンデンスの町からミズリー川に沿って西へ100万平方キロメートルの地形を記憶し、木の幹に傷を付け、目印の石を置き、ウエイポイントを 作りながらさまよったに違いない。目では木の枝の曲がり方、鼻で草の匂い、口で土の塩、肌で風、耳で遠くの獣の叫びを聞き、今までの自分の全ての経験と知識を振り絞り、 全身で水場や越えられそうな峠を探したに違いない。バッファローや野生馬の、水場へ向かう足跡と引き上げる足跡の微妙な違いにも注意を向けたであろう。 
 このように、頭ばかりでなく自分自身の全てをかけ、進むべき方向を決断したのだろう。まさに、理由もいいわけもない世界である。 
 私はモハビ砂漠をドライブし、ひとときスミスの心境に浸った事がある。砂漠にある多くの谷のうち、どの谷に水があるのだろうかと、夕日に沈む風景を心静かに眺めてみた。 一本の谷が、僅かに黒っぽいように感じられた。黒っぽいのは、僅かの苔がそう感じさせるのではないか。そして、車をその谷の麓へ向けた。 数マイル行くと、果たせるかな、スプリンクラーが勢い良く回っている農場に行きあたった。 
泉があったのだ! 
 その日、私にも水を見つける能力があるのだと、自分自身に感動した。 
 しかし、同時に毎日をこの様な感動に満たされてきたマウンテンマンたちが羨ましく思われた。 ジェッタ・スミスは、インディアンや灰色熊に襲われ、重傷を負い、髪も真っ白になるほどの恐怖を経験しながら、懲りもせず次々と新しいルートを発見していった。 
 まさに「懲りない面々」とでもいえようか。このような冒険で、お金を蓄え東部へ戻り、2年間安定した生活をするが、再びじっとしていられず、隊商を率いて西部へ向かったのである。 砂漠で隊商が道に迷い、水場がみつからなかったとき、「昔取った杵柄」とばかり、スミス自ら、水場さがしのため、地平線の彼方へ消えていった。 
 これが彼の姿の最後であった。 
 この様に、西部への道を拓くという強烈な挑戦は、決して損得……ではなく、ただ「挑戦」に「生きる実感」を見いだしていたのだ。 困難をものともせず、次々と挑戦していくおおらかなアメリカの開拓精神に、私は憧れを感じている。 人間の衝動、それは未知への興味、好奇心、またはクリエイティブ、日々の充実感……等の充実感がインセンティブであれば、損得、安心などは小さなインセンティブにしかすぎない。 
 我々には損得を度外視した、強力なインセンティブがあり、それを鼓舞するような構造が企業にも欲しいものだ。 

ちょっとくたびれた! 

休憩 

     ∽∽ひねくれ者が望むこと∽∽ 

ゆけ、 
新しい時代を切り拓く現代のマウンテンマン達よ。 
私の夢も携えて。 
たとえ、失敗しようとも、涙を流せるほどに、知恵と勇気を尽くせ。 
それは生きている実感。 
涙は全てを洗い流し、あなたに新たな力と感動を甦らせる。 
世間は、そんなあなたを理解しない。 
私は、あなたの後ろ姿に、限りない頼もしさと共に淋しさも感じる。 

     ∽∽ひねくれ者の見果てぬ夢∽∽ 

私は有能でした。 
私は失敗したことがありません。 
私はいつもいい人でした。 
孤立や、侮り、嘲笑を受けたことはありません。 
成功しそうなプロジェクトには誰よりも早く飛び乗り、功労者の評価を得ようとし、失敗しそうになれば誰よりも早く飛び降り、決して失敗の責任者にはなりませんでした。 
だから、私はいつも安全でした。 
私の陰口は聞こえてきたことはありません。なぜなら、世間は私を恐れていたから。 
私はいつも、多くの人の気に入っていることは何かを考え、これを利用しようとしました。 
私の行動基準は、正義でも、好悪でも、お金でもありませんでした。 
ただ、他者の評判でした。 
そして、多くの人と同じ事をしながら、多くの人が及ばない大成功を夢見ていました。 

休憩終了 

かって、部下に輝かしい夢を持たせ、挑戦してもらったことがある。 
彼は休日も返上し、一生懸命その仕事に取り組んだが、2カ月後、その挑戦は失敗に終わった。 
「私は社長に騙された」、「社長の口車に乗った私が間違いだった」と、様々な恨み言を言われた。私はただ、一言、「失敗ではあったけれど、素晴らしく充実した2ヶ月だったね」と答えた。 
こんな言葉で彼はおさまるはずもなかった。 
しかし一週間後彼は、「失敗でしたが、2ヶ月間有り難う御座いました。私の全てを賭け、燃焼しつくせた2ヶ月でした」と、言ってくれたのである。 
ここで、何より大切だと思うことは、「人は善なるものと信じること」であろう。 
ただ、 “賢者さえも虐げられれば狂う” (旧約聖書コヘレトの言葉)のも人間である。 
人間を善なるものとすることは、「理解すること」ではなく、「信じること」である。 
理解することは理性の力、信じることは意志の力。 

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