ひねくれ社長のたわ言

ひねくれ社長のたわ言

会長 竹内 修

私は信じる「真面目すぎる者、不真面目者の如し」 私は信じる「賢すぎる者、馬鹿者の如し」 私は信じる「素直すぎる者、ひねくれ者の如し」

連載エッセイ <その07> 

「大きな波がやってくる」

前回、企業文化のところで、当社の企業研修のことを書いたが、研修の半分くらいは、社会科学の分野であった。社会を知らずに、 社会で生き延びてゆくのは、易しくないと考えているからです。 
 今回の「タワゴト」は、社内研修で取り上げた社会科学の話の一部です。 

 最近の経済の話は「山一、長銀が…」の枕詞で始まり、「大きな経済変革の波」への警告か対処法で結ばれる物が多い。 
 ベルリンの壁が、崩壊した後、私はかなり早い時期に、この大きな変革を予言し、心構えを研修のテーマのひとつとしていた事は、今にして思えば幸いであった。 
 もっとも、当時社員は、本気で聞いていなかっただろうが。 
 その時の標語、「いずれ行かねばならない21世紀」は、いま当社では抵抗なく受け入れられている。 
 即ち、「21世紀の前半は輝かしい未来ではない」、「実質平均所得が25%減少する時代だ」と言ってきた。 
 現在サラリーマンの年収はそれ程低下していないが、失業率は、毎月最高を更新しつつあり、財政赤字は結局国民が借金していると考えれば、 所得の平均は経済成長率と大きくかけ離れ、どんどん低下している事になる。 
 この変革を、波 に例えて考えてみる。 
 波であるなら、波に呑み込まれる事もあるが、うまくやれば波乗りで、一気に進む事もまた可能ではないか。 
 波乗りをするためには、 波の性質と、波が打ち寄せる地形を合わせ分析しなければならない。 
 まず、この波は波長50年位の長い波に、10年くらいの比較的短い波が重畳されていると思っている。 
 波長が長い波は、世界中に同時に打ち寄せる波であり、「近代資本主義」の次に来る、思想、価値観の変更を伴う社会原理である。(ポスト近代資本主義) 

 短い波は、グローバルスタンダードと言われている波で、日本の「規制」という防波堤が崩れ、世界標準がそのまま打ち寄せる波である。 
 そして、地形とは、我々の歴史であり、文化である。 
 打ち寄せる波の高さは、海底地形によって大きく変わる。 
 波の速度は、海の深さが、浅くなると遅くなるため、ゆっくりと浅くなるような地形では、波は元の高さの何倍にも立ち上がり、 我々の頭上から「崩れ波」となって落下してくる。(津波を思い浮かべて下さい)。 
 ここでは、「近代資本主義」の次にくる社会原理と、我々の対応策を模索してみる。 
 現在の資本主義は、単なる資本が有利に働く主義ではない。資本があれば社会で有利に活躍出来るのは、人類が社会を作って以来、 当然のことであり、資本主義でも何でもない。 
 私は、我々の資本主義は、マックス・ウエーバーの分析したように、特殊な「資本の主義」だと思う。 

「近代資本主義」精神は宗教改革の時、プロテスタントの一派、カルビン派の教義がその源になっている。
  1.  職業には貴賎はなく、それぞれその職業は、神に召されたものである。 
    職業のことをCallingというのは、「神に呼ばれているもの」が語源である。 
  2.  人間は生まれながらにして、神に召されているものと、そうでない者が決まっておりこれを努力によって変えることは出来ない。 
    これはいかに善行を積もうが、悪行の限りを尽くそうが、この「神の定め」を変えることができない決定論であり、とても我々が受け入れられるものではない。 
  3.  確実に、自分が「神に召されている者」と決定されているか、否かを、知る方法はない。 
    しかし、どのように決定されているかを「伺い知る」方法として、この世に、「正業」によって宝を積むものは、きっと神に召されている者だと信じる。
これらの強烈な考え方は、神の絶対性を、究極まで押し進めた結果、到達する結論である。そしてカルビンの教義はあまりに過激であったので、 カルビンはフランスからヨーロッパで最も自由な都市チューリッヒに逃げなければならなかった。 しかし、カルビンの考えは主に当時、台頭し始めていた中小商工業者に受け入れられ、賛同者を増していった。 
 この流れを汲む人達を、イギリスではピューリタン、フランスではユグノー、ドイツではゴイセンと言った。ゴイセンとはオランダ語で乞食という意味である。 

 これらの新しい教義(思想)と旧来の思想との対立から、ピューリタン革命、ユグノー戦争が起こるが、古いヨーロッパでの対立や妥協を避け、 新天地に自分達の理想の世界を築こうと、アメリカ大陸に移住していった人達もいた。 
これらのアメリカへ移住した人々の子孫を、WASPと呼んでいる。 
 最近まで、アメリカの中枢部を握る人達はWASPでなければならなかった。 

 WASPとはホワイト アングロ サクソン プロテスタントの略で、英国系白人で宗教はプロテスタントでなければならなかった。 
 ケネディーが大統領に就任した時、ケネディーはアイルランド系でありカソリックであることが大きく報道されていたが、 WASPでない大統領の就任はアメリカ人にとって革命的に映ったのだろう。 

カルビンの思想の、私の理解は 
 確かに職業が、正業(定義は難しいが)である限り、社会にとって必要だから存在しているのであって、それぞれ「人様」のお役に立っている。 ここからは、どの様な職業が尊いのかを判定することはできない。そして、正業でお金を儲けることができると言うことは、社会の必要としているものを、満たした結果と考えられる。 決定論は、その便法だと思っている。 

ある社会奉仕団体は「職業奉仕」という言葉を掲げているが、職業は金儲け、奉仕は無料でするものという日本人の意識から抜けられず、とまどいがある様に見える。 
 カルビニズムでは、その職業が正業である限り真面目に努力すれば、世間のお役に立っているのだから、当然、世間様からお金をいただけるはずだということになる。 
 マックス ウエーバーも「職業労働こそ隣人愛の外的な現れ」と表現している。 
 無料の奉仕は、無料だから相手に感謝されているだけであって、相手が喜んでお金を払ってくれるほど役立つ活動でなく、独りよがりの恐れが多分にある。 
 また、相手からお金をいただけるはずの仕事を無料ですれば、真面目に働いている人の営業妨害になってしまう。 

 弱者救済という考え方は「私は強者」と思い込んでいる奢りが見え隠れするし、カルビニズムでは弱者そのものが能率を低下させる悪であり、 淘汰されなければならない存在と位置付けられている、という考えも含んでいるから、単に弱者であるという理由だけで救済してはならないことになる。 
さすがに、ここまで冷酷非道にはなれないから、色々なオブラートが用意されているのだろう。 
 ここで、我々がこの考え方を信じられるか否かは、社会を観察する時には問題にはならない。 

 ただ、この考え方を信じた、あるいは受け入れた人が居たという現実である。 
 これらの人々は、自分が神の栄光の為に運命づけられているという、確信を持てる迄お金を貯め、増やさねばならず、 この故に、寸暇を惜しんで働き続けなければならないということになってしまう。 
 更に、このお金は使うためではなく、「救いの確信」、即ち、お金を貯めるためにひたすら働くという強烈な行動となって現れる。 
 別の見方をすれば、恐怖から逃れるために働き、貯えたのである。 
 この考え方は、私がみる限り人類始まって以来、希に見る、最高の労働インセンティブを与える思想ではないかと考えている。 
生きている時間は有限であるから、能率的に儲けなければならない、しかも正業で。我々が、いま当たり前に使っている「時は金なり」という言葉も、 アメリカ独立宣言の起草者であり、また科学者でもあった、ベンジャミン・フランクリンによって初めてうまれたものである。 
 非能率は悪であり、この世から、抹殺しなければならない故、非能率なものを抹殺することは、正義となる。 
 非能率な組織が消滅し、能率的な組織のみで、社会が運営されることが、社会正義となる。 
 そして、その判定は貯えたお金の量による……人様のお役に立った量。 
 また、ここからアダム スミスの「見えざる神の手」という考え方も生まれる。資本主義の競争原理の原点である。 
 能率的である為に、質実剛健、簡素、清潔でなければならず、また合理性の追求から感覚の拒否に繋がってくる。 
 自分の運命は、誰によっても変えることができないゆえに、他者に頼ることも、他者に祈ってもらうことさえ無意味なものとなり、強烈な孤立感を生む。 
 この孤立感は、「私はわたし、人はひと」という強い自立の精神を養わない限り救われないことになる。 
 更に、始末の悪いことには、このピューリタンは旧勢力との激しい闘争を経て、勢力を伸ばしてきた実績と自信が、極めて好戦的にしていることである。 
 ここで、カルビン派のキーワードを列記してみると誠実、公正、能率、質実剛健、簡素、清潔、時間、感覚の拒否、自由競争、孤立感から自立へ、好戦的、必然としての利益などが揚げられる。 
ウエーバーは「カルビン派の人々を信用できる正直な人であり、不正のみではなく、純粋に、衝動的な物欲をも敵として戦った人」と言っている。 
 私の印象は、真面目に働き、お金を貯め、確実に約束を守り、時間には正確だけれども、小さな不正や、不合理にも、激しく反発する「スーパー小物」という感じだ。 
 清濁併せ呑む、東洋的「大物」、「大器」とは全く別の人格だ。 
 こんな考え方の小物に、我々は勝ち目はない。人類の歴史は強烈な金儲け思想を生んだものだ。しかし、私の感傷など無視してカルビニズムは世界の経済を牛耳っている。 
当然だろう、歴史上、最強の金儲け思想だから。 

ここで、チョット悪戯。 
カルビニズムの歌

     立て、孤独の人よ、 
              暁は来ぬ。 
     思いやりの鎖、断つ日、 
              旗は血に燃えて。 
     海を隔てて、我等、攻めゆかん。 
              ああ、キャピタリズムは我等がもの。 

どこかで似たような、歌を聞いた気がする人もいるはずです。 
そう、「インターナショナル」です。 
もう一度アメリカの歴史に視点を移そう。 
 アメリカへの移民はメイフラワー号によって始まったのではない。 
メイフラワー以前にも多くの人達がアメリカに移住していたが、彼等は概ね、旧大陸で生活していけなくなった人達であった(流れ者、おたずね者)。 
 しかし、メイフラワー号は、旧大陸でも十分生活していける裕福な階級の人達の移民船であった。 
 旧大陸で食い詰めたのではなく、自分達の信じる思想、理念を実現できる社会建設を夢見て、旧大陸での地位も財産も投げ打って、新大陸に移住した理念と勇気の人達であった。 
 だからこそ、彼らはアメリカ思想の原点として今も尊敬されているのだ。 
 そして、彼等は、思想の核として、まず教会を建設した。 
 次に、夢が彼等の世代に実現できないこともよく認識していたので、生活に余裕が出来ると、自分達の夢を子供、孫の世代に託して、学校を作ったのだ。 
 私は初代アメリカ人の夢は1950年代に一応の完成を見たと思っている。 
 アメリカでは今も多くの有名大学が私立大学である理由の一つである。 
 このように考えると、現代、純粋なカルビニズムの中心は、発祥地ヨーロッパではなく、アメリカに移植されているのだろう。 
 だから今、資本主義の本山はアメリカにあるのだろう。 
 ここで、わたしはカルビニズムが他の文化より優れていると言っている訳ではない、ただ、金儲けには極めて有利な思想であると言っているに過ぎない。 
 また、「品のない哲学」と言う人もいるが、プラグマティズムもカルビニズムを母として生まれたアメリカの哲学だと思う。 
 プラグマティズムを辞書で引けば、「実用主義」となっているようだが、金儲けはまさに、実用の極とも考えられる。 
 私がプラグマティズム的な考え方に慣らされたのは、量子力学の訓練を受けたときであろう。 
指導教官は「量子論はプラグマティズム的な考え方を受け入れれば、理解しやすい」とよく言われていた。 
 かっての物理教育が、いまマネージメントに生かせるとは、物理とは読んで字の如く、「ものの、ことわり」を研究するものか、 と変に感心するとともに、訓練していただいた先生方に改めて、感謝。 
 量子力学の考え方は、ヨーロッパで生まれはしたが、プラグマティズムそのものだ。 
ただ私の個人的好みとしては、プラグマティズムは好きではない、しかし、実用的だ。 
 量子力学も好きではない、しかし実用的だ。 
 人は役に立つだけでは、やはり好きにはなれないものだ。 
 にもかかわらず、私がプラグマティズムを強調するのは、プラグマティズムが嫌いで仕方のない私が、社会で生きていく為に、いやいや受け入れているのに、 心に何の痛みも感じず、一般受けし、人気が出る言動によって、社会的成功を望んでいる人達を腹立たしく思っているのだろう。(またこれが、よく成功するのですナ~) 
 プラグマティズムについては、機会があれば別にもう少し詳しく書いてみたい、と思っています。 
 先日、アメリカの禁酒法について、その成立に、自動車王フォードが、裏から多大な力を注いだというテレビ番組が放映されていたが、「まさに、さにあらん」の感があります。
カルビニズムから見れば、酒は、快適をむさぼり、時間を無駄にする「気違い水」と考えられるのだろう。 
 一方、T型フォードは、カルビニズムの申し子である。 
それ以前は、富の象徴、金持ちの遊び道具であった自動車を簡素、堅牢、廉価を目指し、実用的な乗り物に仕上げ、あまねく世界を自動車で埋め尽くそうとした、革命的なコンセプトだったのだ。 
 これは松下イズムの水道理論と合い通ずるものがある。もっとも、私は理論とは思っていないが。 
 湾岸戦争や、ユーゴスラビアへの空爆もカルビニズムあるいは、啓蒙思想から生まれる正義感と正義のためには決して退かない好戦的なアメリカの側面を感じている。 
独善、勇気、率直な国、アメリカ。 
 一方周期の長いうねり、即ち「ポスト近代資本主義」を考える時、T型フォードが売れなくなった理由や、ベトナム戦争がアメリカの意図通りにならなかった理由を考えてみることは、 我々に役立つヒントを与えてくれるかもしれない。 
 もっとも、資本主義社会であっても、この考え方通りに社会が、運営されているわけではない。 
我々も「人の子」であり、きらびやかな生活や、うまい飯、快適な休息も欲しいものだ。 
その点を配慮して、ウエーバーは「資本主義のエートス(気風、生活姿勢)となっている」と言ったのであろう。 
 私の感じでは、このエートスに違反して、例えば、うまい飯を食っている時は、何となく悲しみ、残念さ、不安を心の奥底に抱きながら、 あるいは押し殺しながら、食事を楽しむ事になるのだろう。 
 そういう私も、「こんなことをしていて、よいのだろうか」と一抹の不安と悲しみを秘めながら、今日も安い酒を飲んで戯言を言っている。 
高い酒は、なんとなく落ち着かない。人はこれをケチという。 
 イタリア料理、フランス料理、スペイン料理、ロシヤ料理は馴染み深いが、イギリス料理、アメリカ料理はほとんど目にしないし、ドイツ料理はジャガイモとソーセージだ。 
 前者はいずれもカソリックの国であり後者はプロテスタントの国である。 
 私はアメリカ料理はファースト フードであると思っている。 
 まさにカルビニズムの文化、簡素、スピード、清潔、能率を具現化したものだ。 
 映画で見るアメリカのビジネスマンの昼食の姿を思い出してもらいたい。 
 ファッションについてもミラノ、パリコレクションとロンドン、ニューヨークの違いもわかるような気がする。 
いまでも、イギリスでは、食事について子供が文句を言うと、親は「食べ物で文句を言う子は心の貧しい子」と叱るそうだ。 
「衣食足りて、礼節を知る」という言葉があるように、やはり、人間はお金が貯まり、世代を経ると、マイルドになってしまうものだ。 
特に、二代目、三代目は気をつけよう。 
~ホテル王、ヒルトンがヒルトンホテルに宿泊しようとした時の話。~
   ヒルトン:
「安い部屋を一つ取って欲しいのだが」。 
   支配人 :
「先日のことですが、ご子息は、このホテルの最高の部屋に泊まられましたよ」。
   ヒルトン:
「ああ、彼の親父は、大金持ちだからね」。
アメリカも世代を経てカルビニズムのエートスも、どんどん、うすまっている。 
ロサンゼルスのロディオストリートはカソリックの国の出店でいっぱいだ。 

でもこれだけでは多くの人達に理解してもらえないであろう。 
一息容れて、・・・ マックス・ウエーバーの近代資本主義についての見方をこんなに長々と書くつもりはなかったのに、でも全然書き足らないぞ。 
 一見、日頃思っている資本主義とは全く違っていると感じる人も多いだろう。 
 多くの、気に入らない点や反論もあるだろう事は想像に難くない。 
話は穴だらけである。それらを乗り越えてウエーバーを理解して欲しいと思っている。 
私はウエーバーが好きなだけかもしれない。だから、長々と書いてしまったのだろう。 
 この話に疑問を感じる人は是非とも「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」を読んでいただきたい。 
 始めてウエーバーの理論を知ったのは高等学校2年生の時だったが、その時の衝撃は今も印象深い。 
競争を「正義」とする、カルビニズムの過酷な正義の対極として、私は共産主義が生まれたと考えている。 
 即ち、人はそのような孤独なものでもなく、弱肉強食が社会正義ではないはずだ、との考えが生まれるのは当然だ。 
 人類は、約100年の年月と、何千万の命を賭けて資本主義が有利なのか、共産主義 が有利なのか、の大社会実験を行った。これが東西対立と考えられる。 
この実験に、ついに終止符が打たれた。ベルリンの壁の崩壊に象徴される共産主義を標榜する陣営の壊滅である。 
 事の正邪は別にして資本主義陣営が勝利したのである。 
 この時から資本主義は確固たる自信を持つと同時に、共産主義に配慮することも妥協することなく、自らの正義を強く世界に押し出してきたのだ。 
冷戦時代は、旗色鮮明にしない国は、両陣営を天秤にかけ甘い汁を吸う事が出来た。
こんな世界の中で、資本主義の本山の国、アメリカは日本が強力な経済力と技術力を持っていたので、日本の社会構造の不満は、特別大目に見たことだろう。 
 しかし、もはや気にかけなければならない、東側はなくなってしまった。 
 ここにきて、アメリカは、何の懸念もせず、資本主義倫理の実現を、日本に強く迫ってきているのだ。 これがいま日本に打ち寄せているグローバルスタンダードの波である。 
 この波が従来の日本では、正義と考えていたものや商習慣、社会慣行を破壊しつつある状況を規制緩和と言っているのだろう。 
 日本は多くの構造改革という痛みを伴った経験をしなければならない事は、致し方ないが、それでも衰退の道を歩まねばならない覚悟は必要だと思っている。 
 一方この覚悟さえ出来てしまえば、我々は、いたずらに、未来を心配するのではなく、他者に先駆けて実行できる多くの事が残されていることに気付くはずだ。 
人は不満に耐えられても、不安には耐えられないとも言われる。 
この時代、他者に合わせるのではなく、10年後には世間で当たり前と考えられているであろう事を、他者に先駆けて実行すればよいのだ。 
 そのリード分は、例え右肩下がりの経済環境にあっても利益を生むだろう。 
 これらの考え方を当社では、「どうせ行かねばならない21世紀」という言葉で表現している。 
私は力の源泉として never give upと共に、「諦めから生まれる力」もあると考えています。 
 これは「解はあるのか」でも書いたが、我々はどうしようもない事に頭を悩ませ、まだ手立が残っている事には、なかなか、考えを巡らさないものだ。 
 こんな自分を積極的に、意識する事が、「諦めから出る力」の根元となる。 

ベルリンの壁の崩壊は人類の歴史に残る大事件であったのだ。 
しかし流石の近代資本主義も今、多くの困難と綻びが目立つ。 
前にも書いたように、私は一応アメリカは、この理想に1950年代に到達した、と考えている。 当時のアメリカは貯蓄率は高く、離婚率は低く、農業従事者は誇り高く、製造業が優位を占め勤勉、真面目、であった。健全なアメリカであったのだろう。 
 最近オプション取引理論を提唱し、ノーベル経済学賞を受賞したブラックショールズも参加していたLTCM、ロングタームキャピタルマネジメントが破綻に瀕し、 ハイリスクハイリターンという言葉をよく耳にするが、ハイリスク ハイリターンは、カルビニズムの本質ではない。 ハイリスク ハイリターンは、「ベニスの商人」に出てくる、貿易商人の冒険的な「資本の主義」だ。 
 だから、そのようなものは、なくなってしまうのだ、というつもりはない。 
 これもまた人間の本性に基づいている以上いつの時代も、必ず姿を現すものである。

 適正利益率で、多大な利益を上げるためには、規模の拡大が、なければならないが、今や、環境問題に、規模拡大の頭を押さえられ、どうにも動きにくい。 
 ただ人口問題、環境問題は人類の避けがたいテーマとなってしまった今、近代資本主義の燃料であった高成長は望めないであろう。 
また、見えざる神の手さえ操作する技術を手に入れつつある様にも見える。 
いずれにしても、ほぼ純粋の近代資本主義は20世紀をピークとして、21世紀からはもう少しマイルドな、ポスト資本主義に移行し、過酷な資本主義の波は、 21世紀には低くなっていくと思っています。 
 しかし、我々過保護に育った日本人にとって、低く成りつつある波さえ高く感じるであろう。 

 私は、ヘーゲル弁証法の教える様に、資本主義の高波を乗り切らない限り、ポスト資本主義の覇者には成り得ない、とも思っていません。 
その社会の遅れは、次の時代を、先取りしていると、考えられる部分もあるにちがいない。 
しかし、実際の体験は必要ないとしても、その思想、歴史的背景は知っておくか、あるいは疑似体験を経ておかねば、次の時代の波に乗っていくには、少々の困難があると考えています。 
 次の時代を考えるとき、殆ど経済成長がなかった、ヨーロッパの中世や、日本の江戸時代の思想や正義に目を向ければ、多くのヒントがあると思っている。 
 オタクの時代かな。 
 今私は、どんどん深みにはまって、理解の得られないことを書き続けています。 
「わかってくれる人だけ、分かってもらえればよい」という、やけっぱちな気持ちでワープロを打っているようです。 
少し自分を、冷まさなければ。 
 この章は、当初、波である近代資本主義精神とその限界、海底地形に例えた日本文化、それらによって形成される波形まで論を進めようと思っていたのですが、 くたびれてしまいました。ここで失速、墜落させていただきます。 
冷えてきたゾー。 
 ややこしい変な理屈や背景を書いてしまったが、結局、普通の結論、「過度に期待や、希望を持たずコツコツやっていこう」ということらしい。まさに大山鳴動して鼠一匹の感あり。 少々恥ずかしくなってきたのでここで止めます。申し訳ありませんでした。 

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